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All the Answers 米クイズ番組 “Twenty-one” について 続き(パート6)

昨日までの続きを掲載します。和訳、それに対応する部分の英文の順で掲載します。

  


 

題名は以下のとおり。

 


 

 今日掲載する部分は、クイズ番組"Twenty-One"で行われたイカサマに関する、ドキュメンタリー番組や、映画が作られた顛末が記されています。

 

 

 テレビでクイズ番組“Twenty One"に関するドキュメンタリー番組の製作者は、視聴率を稼ぐために、ドーレンを何とか番組に出させようとします。特に、プロヂューサーがそれを実現させたがっていました。ドーレンが哲学史に詳しいことを知ると、哲学史に関するシリーズ番組の解説者にすることも考えますよと言って、ドーレンに近づきます。そんな番組を作るつもりはさらさら無いにも関わらずです。もちろん、ドーレンは、出演を断りました。しかし、プロデューサーは、番組の最後のクレジットで流す取材協力者のリストの中に、ドーレンの名前を加えています。勝手にです。まあ、出演交渉に当たって何回か会っているので、取材したことになるだろうという寸法です。アメリカでは、当時は(今は違うことを祈りますが)、クイズ番組の多くでイカサマが行われていましたが、TV政策に関わる人たちの間に不誠実な人間も少なからずいたようです。

 

 

 詳細は、和訳をご覧下さい。

 


 

では、以下に以下に和訳、それに対応する英文の順で掲載します。「続きを読む」をクリックして下さい。


【まずは和訳を掲載します】

 

 1959年の終わりまでには、昔の大学時代のルームメートの仲介のおかげで、私は新しい職に就きました。シカゴのエンサイクロペヂア・ブリタニカで職を得ました。NBCで貰っていた給料の20%くらいの給料になりました。その額で、全く問題有りませんでした。

 1965年に、私たち家族は、シカゴに引っ越しました。ブリタニカの本社があるからです。2人目の子供も生まれていました。ジョンです。1962年生まれです。私たちはシカゴで17年間暮らしました。副編集長の役職に就きました。私は多くの本を書いたり、編集したりしました。自分でこなしたり、モチマー・アドラーと協力したりしてこなしました。そういった仕事の中の1つには、非常に人気があったアドラーの“How to Read a Book”の新版がありました。1982年、私は56歳でしたが、退職しました。私はまだ1冊についての契約を残していました。実際には、それが終わった後、もう1冊契約が舞い込んで来ました。「知識の歴史」という本の契約です。


 執筆という仕事の最も良い点の1つは、それが個人で出来るということです。1人で考えに耽っていられるのです。「あなたはチャールズ・バン・ドーレンさんではありませんか?」と言う人々に対応する必要もないのです。考えに耽っていると、色々と思うこともあります。いかにも、私はチャールズ・バン・ドーレンだ。でも、皆が思っているような人間ではありません。でも、過去を拭い去るのは難しいことなんです。私が“Twenty-One”で不正行為をしたという事実は消せないのですから。


 1990年春のある日、ジュリアン・クライニンという男が、私たちがキーウエストに購入し改装した小さなコテージのドアの前に現われました。彼は物柔らかでした。彼が言うには、彼はフロリダに帰省して来ていて、キー諸島に来ているところだということでした。彼は、私たちがここに居る事を知り、私に会ってみたくなったのだと言いました。私たちは数分間しゃべりました。そして、彼が来た本当の目的が分かりました。彼は、私に言いました。ある番組制作会社がクイズ番組の騒動についての番組を企画していて、私の話を聞きたがっていると。


 30年以上もの間、私は、インタビューされるのは拒否してきました。そして、今も気が変わっていないと彼に言いました。彼は、その番組はボストン公共放送(WGBH)が製作しているものだといいました。そして、自分がドキュメンタリー番組の制作者であると言いました。そして、言いました「ドキュメンタリー番組において重要な人が、出演拒否していると分かったなら、プロデューサーは好き勝手に番組を作りますますよ。出演拒否した人が触れて欲しくないことも描かれてしまうんですよ」、と。


 クライニンの番組に出演させる口説き方は、非常に巧みでした。彼は、「チャールズ、また、テレビに出ることを考えてくれませんか?出演依頼は少なくないと思いますよ」と言いました。彼は、2つの人気がある公共テレビ放送の番組名を挙げました。ジェームズ・バークの「コネクションズ」とヤコブ・ブロナウスキの“The Ascent of Man(人間の進歩)”等でした。私にいずれかの番組のホストをして欲しいと言いました。その申し出はとても魅力的なものに感じられました。それで、ゲリーがレモネードとクッキーを持ってくるまで話し込んでいました。彼女は、「何を話し込んでいるの?」と聞きました。


 私は冗談で笑いながら言いました、「間抜けな学者としての役どころでテレビに復帰するんだよ」と。しかし、彼女は笑いませんでした。彼女は落胆しているようでした。「チャーリー、お願いだからそんなことはしないほうが良いわ」と、彼女は言いました。


 ゲリーの方を見ずに、私は、クライニンに言いました。私が哲学史に関しては博識であり、その分野に関して出来そうな番組の構想を簡単に説明しました。「プラトン、アリストテレス、キケロ、アウグスティヌス、アクィナス、ベーコン、ロック、ヒューム、ボルテール、ジェファーソン、ヘーゲル、マルクス、ニーチェでシリーズが出来ますね。それでちょうど13週間(テレビの1クール分)になります」と、私は言ったのです。

 クライニンは眼を輝かせました。ゲリーは黙っていました。「なかなかおもしろい案ですね。」と、クライニンは言いました。彼が帰った後、ゲリーと私は、二人で散歩しました。サイモントンを通り、フランクスを横切り、墓苑を通って家に帰ってきました。彼女からは、何も言いませんでした。

 「君は、どう思う?」と、私の方から尋ねました。

 「あなたの考えは馬鹿げていると思うわ。」と、彼女は言いました。

 クライニンは2週間後に電話してきました。彼は、息は弾んでいるようでした。ボストン公共放送の関係者が私が話した構想を気に入ったのだと私に言いました。彼は、私の構想を彼らに伝えていたのです。ニューイングランド地方の天候について話した後、他の番組の話もしました。


 私の構想が番組になることは有りませんでした。今にして思えば、元々実現する可能性なんて無かったのです。よく考えてみると、クライニンが私に近づいてきたのは、クイズ番組についての番組を作るにあたり、私の名前を使いたかっただけなのだと思えました。私は今でもそう確信しています。もちろん、私は、クライニンの回想によれば、私と彼の言っている事が異なっていることも知っています。でも、私の構想は実現しなかったにも関わらず、1992年に、彼の“The Quiz Show Scandal”が番組になり放映されました。ジュリアン・クライニンが共同制作者として名を連ね、WGBHでの“American Experience”というシリーズのための番組でした。その番組の最後には、取材に協力した者のリストが流れました。私はこの件では何の取材も受けていないにもかかわらず、私の名前はそのリストの中に有ったんです。しかも1番上に。

 その番組はかなり良く出来ていました。私は自分が知っていなかったいくつかのことも知りました。約百人のクイズ番組出場者が大陪審で偽証をしていたこと、そのうちの17人だけが起訴され、拘束され、召喚されたことなどです(1人も刑務所行きにはなっていません)。その番組は、私たちが報道記者達にニューヨークのダウンタウンで囲まれたことを私に思い起こさせました。拘置所で貴重品を取り上げられ、ベルトや靴紐をはずされ、指紋をとられたことなども思い出されました。私は、私以外の人もそんな扱いを受けていたかは思い出すことが出来ません。当時、相当落込んでいましたから。ただ、私は、自分が痩せてしまって、ズボンがすぐに下がってしまったことは思い出せます。


 また、私は“Twenty-One”は、最初はイカサマは無かったが、変わってしまったということも知りました。ハーブ・ステンペルが最初にイカサマに同意した人物です。5千万人の人々が彼の“死闘”を見ていたことになります(ステンペルは“死闘”と呼んでいました)。アル・フリードマンが後にペントハウス・インターナショナル社の重役になったことを知りました。そして、ペントハウスの姉妹誌“Forum”を創刊したりしたそうです。そして、バリーとエンライトは、テレビ業界に戻って、約10年後のことでしたが、共同での仕事を再開し、新しい番組を作っていることも知りました。

 

【続いて、対応する部分の英文を掲載します】


 


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[ 2010/04/04 23:21 ] PROFILES | トラックバック(-) | コメント(-)
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